[まちのギモン] 大阪・閉ざされた廃墟ビル、大阪市営川口住宅を歩く

大阪市西区の川口にある5階建てのビル。その前に川口の歴史を紐解くと、この辺りは明治時代には旧居留地として栄えました。様々な工業製品や嗜好品がここから大阪市内に広まるなど、大阪にとっても文明開化という点では大きな役割を果たしましたが、安治川の河口にある水深の浅い港だったことで大型船舶は入港ができなくて神戸港に移ってしまったことで衰退してしまったこの歴史ある川口という街ですが、そんな場所にとある建物がありました。
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中之島から近く、遠くから見ると何の変哲もない建物に見えますが、近くに寄るとこんな感じになっていました。喫茶店やスナックの看板は出て開いているのかと思いきや…。
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入れそうなところは全てベニヤ板で閉じられていました。どこにも入る余地は無さそうですが、この住宅の地下は小さな地下街のようになっていたのだろうと伺えます。

「大阪市住宅供給公社川口ビル」との正式名称の大阪市営川口住宅。1954年に建設された鉄筋RC5階建ての住宅兼オフィスビルとする建物で、1991年で入居者募集を停止したようですが長らく住んでいた人もいたそうです。老朽化のために建て替える予定だったらしいですが財政難のためそのまま放置状態になっています。

この辺りはバス停があるものの降りた客はこの建物の逆方向に行くので、人通りは少なくて後方に「コーシャルハイツ川口」(1枚目の写真の後ろの建物)という高いマンションがあるためにこの建物が常に陰に入ってしまい余計に不気味さを感じます。
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地下に薬局やレストラン、喫茶店などその他もろもろのお店があり、一つの地下街を形成していたように思われます。電話番号の市内局番も3桁のままです(現在は4桁)
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地下にどうやって入ってたのか今となっては分かりませんが地下への階段があったのでそこから入る形だったのでしょう。看板が喫茶ごまの字が色褪せずにキレイに残っていました。本当に最後期に撤退したお店なのでしょうか。
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ビルの横にはツタが4階あたりまで張り巡らされていて植物の生命力というのを思い知らされます。
最近ではこうした老朽化したビルは若手芸術家の芸術拠点やNPOの団体の事務所になっている例がありますが、地権者の都合や何よりも耐震補修工事をやらないといけないために多額の費用がかかるために進んでないようです。

こういう何かの事情で取り壊されないビルが最近各地で増えているので何らかの活用方法を模索しなければならない時期なのかもしれない。

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