[考えるキッカケ] 広島の原爆ドームを見ておもう

毎年夏には広島・長崎の平和記念式典、8月15日の全国戦没者追悼式とすでに夏の風物詩となりつつあるのですが、その時期以外に戦争のことについて考えてるのか?ということであえて特集することにしました。秋の時期でも各自治体で戦没者追悼式が行われています。

ここ数年、憲法の解釈改憲や徴兵制、特定秘密保護法など1930年代のような雰囲気にこの国がなりつつあることに危惧しています。戦争をしても経済は決してよくなりません。むしろ立場の弱い人々が困窮状態に陥ることになります。そんな国で将来生きる人たちが生きて幸せになると思いますか?
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広島市中区にある平和記念公園です。このあたりは原子爆弾投下以前は普通に人々が住む町で、中島町と言われて映画館や洋食屋さんがあったり広島ではモダンな文化の発信地だったそうです。その街が1945年8月6日に原子爆弾によって街も人も一瞬のうちに消滅しました。

中島町(広島市)-Wikipedia
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原爆ドームです。被爆前は広島県産業奨励館という広島県の物産を販売・展示する施設でした。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されており、「二度と同じような悲劇が起こらないように」との戒めや願いをこめられています。
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近くで見ると改めて被爆当時の悲惨さ、原子爆弾のエネルギーの凄さを感じます。これで生存した人はよほど運が良かったのではと思います。広島に行かれた際には広島平和記念公園、平和記念資料館、原爆ドームにぜひ足を運んでください。目を覆ってしまいそうな展示ばかりですが、それが戦争の真実なのです。
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元安橋。爆心地より130mと至近ながら高熱線や衝撃波による倒壊を逃れた橋です。1992年に改修されました。原爆投下直後は多くの人が爆発直後の強い放射線の影響で元安川にかかるこの橋付近で亡くなっており、8月6日夜には灯篭流しが行われています。

2011年の東日本大震災では福島第一原発の放射能汚染がありましたが、この広島や長崎の原子爆弾とはどう違うのか。広島や長崎の都市の復興はかなり早かったですが、それについてこちらのサイトにわかりやすく書いてありました。

原子爆弾の放射能汚染と福島原発周辺の放射能汚染(用語集より)

原子爆弾は長期的に放射線を出す大量の放射性物質を一気に撒き散らしているのです。
反して福島原発の場合は、冷却水の不足によって燃料棒が溶け出し、その燃料棒から出た放射性物質が圧力容器や格納容器から一部が漏れ、水素爆発によって大気に拡散されたり、また水と一緒に外部に出て拡散されたものです。ですから、現状では原子爆弾と比較する必要はないのですが、これがもし、炉心溶融(メルトダウン)となって溶融した燃料棒が容器の外に出たとしたら、今の何百倍何千倍もの放射性物質が出ることは間違いありません。この点には特に注意をはらってください。

確実に言えることは放射線は「浴びる」よりは「浴びない」ほうが良いのは間違いなさそうです。過去の教訓を次に活かす、間違ったことは正しい方に軌道修正する。危ないと思えば自身を守る行動をする。それよりもそういう事態にならないように予防する。

これは将来の生きる子供たちにも受け継がせたいですね。被爆から70年近くなり風化も進んでますが何とかしたいところです。

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